現在のブレゲはまさに勢いに乗っており、ブランドの周年という節目にふさわしいタイミングを迎えている。同ブランドは創業250周年を記念したエキシビジョンで世界中を巡り、その伝説的な歴史を映し出す特別なモデルを次々と発表している。最初に登場したのは、パリで発表されたクラシック スースクリプション。続いては、懐中時計モントル・ア・タクトに着想を得たトラディション オートマティック レトログラード セコンドが上海でお披露目された。そして今回タイプ XXが、本来あるべき姿でついに復活を果たした。手巻き式でケース径は38mm、そしてアニバーサリーにふさわしく、独自の合金であるブレゲゴールド製のケースに包まれているのだが…。この詳細については、のちほど触れることにしよう。
Breguet Type XX Chronographe 2075BH
Cal.2075BHを搭載したタイプ XX クロノグラフの“再”復活によって、この時計が本来あるべき姿に“限りなく”近づいたと言えるだろう。しかしこれは単なる再登場にとどまらず、ブレゲの内部で何か大きな変革が進んでいることの兆しでもある。
（最近の）ブレゲ史入門
2023年、ブレゲはタイプ XXおよびタイプ 20を再登場させた。リッチ・フォードンが“恐らくブランド史上もっとも重要な腕時計”と称したモデルであるが、時計業界においてトップクラスの名声を誇るブランドに対してそのように断言するのは一見大胆に思えるかもしれない。しかし的を射た見解でもある。というのも、ブレゲの250年にわたる歴史をひも解くと、その多くの革新は懐中時計時代に達成されたものだからだ。
私はそのタイプ XXの発表の場に立ち会っていた。この時計に、そしてブランド自体に期待を寄せていた。しかし実際に登場したタイプ XXは、自分が思い描いていた理想像とは異なっていた。ブレゲが本気で作り上げた最高の時計というよりは、より多くの層に受け入れられることを優先した折衷案に思えたのである。当時のCEOであるリオネル・ア・マルカ（Lionel a Marca）氏は日付表示を採用した理由についてこう語っていた。「私たちは今21世紀に生きています。現在のトレンドを鑑みると、カレンダー機能のない時計はお客様にとってあまり魅力的でないのです」
Breguet Type XX
2023年に発表された、タイプ 20（軍用）およびタイプ XX（民生用）。
だが状況は一変した。マルカ氏はすでにCEOを退き、昨年末、かつてオメガでプロダクト部門の副社長を務めていたグレゴリー・キスリング（Gregory Kissling）氏がその後任として就任したのだ。彼は、私がこれまで見てきたなかでも際立って劇的な改革を驚くほど短期間で実現してみせた。キスリング氏はマイクロテクノロジーのエンジニアとしての経歴に加え、MBAとラグジュアリーマネジメントの修士号を有し、スウォッチ グループでは貴金属部門を率いてきた人物だ。その豊富な経験と確かな知見に基づき、彼は早くもチームに大規模な変革を促し、プロダクトファーストの姿勢を打ち出している。新型タイプ XXの発表を控えたインタビュー（今週初めに掲載された）で、キスリング氏は私にこう語っていた。本当に優れたプロダクトというのは、それ自体が存在意義を語るべきだと。
こうしてブレゲに、私が長らく見てきたなかでも久しく見られなかった、極めて優れたふたつのプロダクトが誕生したのだ。まだ断定するには早いが、キスリング氏のもとでブレゲは本来の道を再び歩み始めたように見える。
タイプ XX 2075BH
今年初めに発表されたスースクリプションや、新たに登場したタイプ XXを見てまず感じたのは、ブレゲは250年におよぶブランドの歴史をひとつの時計に無理やり詰め込むのではなく、特定の時代や1本の歴史的な時計にしっかりと焦点を当てて、その伝統にきちんと敬意をはらっているということだ。今回の新作はそれぞれ、ブランドの歴史を広く網羅するのではなく、当時の時代背景を色濃く反映しているように見える。例えばスースクリプションでは、“アンピール（編注；フランスにおけるナポレオン1世の帝政時代を中心とした装飾様式）”ケースを用いるのではなく、懐中時計のスースクリプションモデルに見られる伝統的なケースを採用している。新たなタイプ XXにおいて日付表示を廃したのも当然の判断であり、多くの愛好家に歓迎されるポイントだったが、ブレゲはそれだけにとどまらずさらに1歩踏み込んだこだわりを見せている。
Breguet Type XX Chronographe 2075BH
正直に言うとムーブメントの仕上げに関しては少し気になる点があり、完全に満足しているとは言い難い。そのあたりの詳しい話は後で触れるとして、まず素晴らしいと思ったのは、今回のモデルのためにブレゲが2023年に発表したCal.728をベースにふたつの手巻きムーブメントへと見事に改良してきたことだ。ひとつは手巻き仕様のCal.7279（ブラックダイヤルのモデルに搭載）で、15分積算計を備えている。もうひとつはCal.7278（シルバーダイヤルのモデルに搭載）で、30分積算計とタキメーターを備えている。このふたつの仕様の違いは、ヴィンテージのタイプ XXの最大計測時間がモデルによって異なっていたという歴史に根ざしたものだ。
タイプ XXと聞いて、多くの人が真っ先に思い浮かべるのはブラックダイヤルであり、それゆえ一見して最も王道の選択肢に映る。ブラックダイヤルにゴールドケースという組み合わせはヴィンテージ市場においてもっとも人気が高く、強く支持されている構成である。であるからこそ今回の2モデルのうち、この組み合わせが限定ではなく通常販売モデルであるのは理にかなった判断と言えるだろう。実際ブレゲは、初期のオリジナル タイプ XXのなかでも特に注目される1本として、イエローゴールド製のケースに夜光付きアラビア数字を備えたブラックダイヤルを組み合わせたモデルを発表していた。しかし、ここにはひとつ見落としがちな事実がある。
Breguet Type XX Chronographe 2075BH
スースクリプションのリリースと同様に、キスリング氏とそのチームは今回の限定モデルであるシルバーダイヤルにおいても歴史的な正確性を重視した。ブレゲがアーカイブを精査し、自社ミュージアムに収蔵されている1955年製の民生用タイプ XX Ref.1780に関する資料を確認したところ、ブランドが初めて製作したこのゴールド製タイプ XXには当初、タキメーター付きのソリッドシルバーダイヤルが搭載されていたことが判明した。ブラックダイヤルは、後になって交換されたものだということである。
その結果として、今回の2モデルのうち1本にはソリッドシルバーのダイヤルが採用されている。このひねりこそが、私にとって本モデルをとりわけ魅力的な存在にしているのだ。ただし、こちらはわずか250本限定という希少性も併せ持つ。縦方向にヘアライン仕上げが施されたダイヤルは、12時位置に立体的にブレゲロゴがあしらわれることで時計全体の印象が美しく引き締まり、そしてその対となる6時位置には“retour en vol（仏語。フライバックの意）”という文字が筆記体でバランスよく配されている。インダイヤルには内側にスネイル仕上げ、外側にはリング状のヘアライン仕上げが施され、タキメーター部分のサーキュラーサテン仕上げと見事に調和している。
Breguet Type XX Chronographe 2075BH
極端に悪いか、あるいは際立って優れている場合を除いて、現代の時計に使われているフォントについて深く考えることはあまりない。しかし、このモデルにおけるフォントの組み合わせは、まさに絶妙と言うべき出来映えだ。タキメーター表示に用いられる上品なセリフ体のフォントが、“Swiss Made”に使われているセリフ体と調和している点は秀逸である。それは、12時と6時位置にだけ配されたアラビア数字とバーインデックスとも見事に均整をとりながら、全体の品格を一段引き上げている。また、針のデザインもほかとは一線を画す。時・分針はより一層、ソード型に近いシルエットとなっており、ブルースティール製のクロノグラフ秒針は先端に夜光塗料の小さなインサートが施されている。興味深いのは、この夜光がダイヤル全体で唯一の夜光処理であるという点だ。つまり、インデックスやほかの針には夜光が一切使われていない。これは非常にユニークな選択と言える。
Breguet Type XX Chronographe 2075BH
ムーブメントの仕上げについては、私にとって評価が難しい点がある。ブレゲはこの部分をストーリーテリングの場として活用し、パリからニューヨークへの初飛行を成し遂げたディオドネ・コスト（Dieudonné Costes）とモーリス・ベロン（Maurice Bellonte）というふたりの偉業に敬意を表している。彼らは1930年9月1日から2日にかけて、わずか37時間あまりでこの大西洋横断飛行を実現した。ムーブメントにはその航路を示すエングレービングが施され、併せて彼らが操縦したブレゲ 19TR スーパービドンの姿も彫られている。この機体は胴体の両側面に大きなクエスチョンマークが描かれていたことで知られている。しかしこのエングレービングは、完成された芸術作品というよりは、ややラフなスケッチのようにも感じられる。ヴィンテージ クロノグラフ愛好家のなかには、ムーブメント本来の機構美をもっと露わにしてほしいという欲求もあるかもしれない。しかし実際には裏側は大きな4分の3プレートによって覆い隠されている。これは構造上の制約があるなかでできる限りの表現だったのかもしれないが、正直なところ、もう少し何かが欲しかったというのが率直な感想だ。
Breguet Type XX Chronographe 2075BH
とはいえこのムーブメントは直径32.2mm、厚さ6mmという比較的薄い設計であり、きわめて効率的かつコンパクトな構成を実現。手巻き仕様、シングルバレルで60時間のパワーリザーブを確保。振動数は3万6000振動/時で、フラットタイプのシリコン製ヒゲゼンマイを採用している。サファイアクリスタル製のケースバックには、内側に反射防止コーティングが施されている。
シルバーダイヤルに強く引かれたとはいえ、ブラックダイヤルも十分に魅力的だ。マット仕上げのブラックアルマイト加工が施された大振りなアルミニウム製ダイヤルは、光を吸収することで実際よりも大きく見え、視認性も大きく向上している。ヴィンテージ調の夜光塗料はグリーンに発光するが、ホワイトの夜光ほどのコントラストを持たず、ブレゲゴールドのケースとの対比も柔らかく、全体の印象をうまくヴィンテージ風にまとめている。さらに、このアルミニウム製ダイヤルには7時と8時のあいだに“Al”のシークレットシグネチャーがひっそりと隠されている。
Breguet Type XX Chronographe 2075BH
ヘアラインとポリッシュ仕上げの使い分けによって、この時計全体に立体感が生まれている。ツイストされた竪琴ラグやポリッシュ仕上げのポンプ型プッシュボタンは、光と陰影を適度にとらえつつも過剰に主張しすぎることはない。一方で、ケースおよびベゼルの大部分はヘアライン仕上げとされており、反射を抑えるとともに傷がつきやすい表面の耐久性も高めている。
Breguet Type XX Chronographe 2075BH
ブレゲによれば、これらのケースには約53gのブレゲ ゴールドが使用されているとのことだが、装着感としては特に重く感じることはない。ステンレススティール製のブレスレットウォッチに慣れてしまっていれば、貴金属製の時計でも自然と違和感なくなじむものだ。ブラックダイヤルのモデルにはケースバックに“No. XXX NY（ニューヨーク）”と記されており、一方シルバーダイヤルモデルは250本限定のうちのナンバーが“No. XXX PA（パリ）”という形で施されている。加えてブレゲは、今回のモデルにおいて、よりクラッシックなスタイルの“250周年記念スペシャルエディションのボックス”を復活させた。赤いレザーで仕立てられたこのボックスは、当時のブレゲ製モロッコレザーケースにインスピレーションを得たもので、個別にシリアルナンバーが付けられている。
Breguet Type XX Chronographe 2075BH
直径38.3mm、厚さ13.2mm（2023年版より約1mm薄型）というこのサイズ感はまさに自分がタイプ XXに求めていた理想の寸法だ。これによってタイプ XXの存在は、そのコンセプトや歴史が好きな時計から、実際に愛用したい時計へと進化を遂げた。唯一の悩みどころは、ブラックダイヤルモデルが596万2000円、シルバーダイヤルモデルが621万5000円（ともに税込）という価格設定が、SS製の発売時価格（288万2000円）の2倍以上に相当するという点だ。私はキスリング氏に「同じサイズ感で、もっと手の届きやすい素材のモデルを期待する声が必ず出てくるはずだ」と伝えた。彼の返答は簡潔だった。「ご期待ください」と。
